福島県磐梯町磐梯

 

この地には、平将門の三女の滝姫(如蔵尼)の墓と伝えられる墓碑がある。

この地の慧日寺の山門は、平将門が寄進したものと伝えられ、将門は慧日寺に深く帰依していた。滝姫は心優しく、詩歌管弦に通じ美しい姫であった。このため多くの男達から求婚もされた。父の将門も、どうにかして娘を嫁にやりたいと考えていたが、滝姫はそれには全く興味を示さなかった。

しかしその内に、将門は反乱を起こしついには討たれ、滝姫はこの地の慧日寺に難を逃れた。姫は傍らに庵を結び、父将門や一族の者達の菩提を弔いながらひっそりと暮らしていた。しかしその内病を得てあっけなく亡くなってしまった。

死後、滝姫は冥途の閻魔庁で、多くの罪人たちが生前の悪行のために罰を受けて苦しむのを見た。それらの人々の中に、錫杖を持った僧を見つけ、信仰の篤い滝姫は経文を唱えた。その僧は、地蔵菩薩の化身で、滝姫は生前に何の罪もないことを知っており、閻魔王に彼女を現世に戻すよう命じた。

地蔵菩薩は彼女に、経文と極楽往生するための要句を教え、滝姫は現世に戻った。生き返った滝姫は、出家して如蔵尼と名乗り、ひたすらに地蔵菩薩を信仰した。如蔵尼はその後80歳余りまで生き、大往生を遂げたと云う。

後世に、滝姫は神楽の演目とされ「滝夜叉姫」として、おどろおどろしい妖術使いとなって現れる。これを江戸時代の山東京伝が取り上げ、歌舞伎の演目にもなり全国に広く知られるようになった。

それらの話は次のようなものである。

平将門は天慶の乱を起こし、関八州を席巻したが、平貞盛、藤原秀郷らによって討ち取られ世を去った。将門の遺児である滝夜叉姫は、父の無念を晴らそうと京へ上り、呪咀神の貴船明神に丑の刻参りを行い、満願の夜妖術を授かった。

滝夜叉姫は下野の国に砦を築き、多くの手下を集め、朝廷に背き天下に災いをなしていた。悪行甚だしい滝夜叉姫を討伐する命を受けた大宅中将光圀と山城光成との間で激しい戦いとなった。滝夜叉姫は怨念の鬼となり、光圀は陰陽術で姫の妖術を封じ、激闘の末滝夜叉姫を倒し

た。死の間際、滝夜叉姫は改心し平将門のもとに昇天したという。

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