この日は、久しぶりの放浪だった。いつものように、仙台を深夜に立ち、翌日は、山形から青森までのイザベラバードの道を辿るつもりだった。

深夜の国道48号線を、ラジオを聴きながらゆっくり走った。前後に車は全くなく、快適なドライブだった。作並温泉を通り過ぎると、人家はまるでない山道で、宮城県と山形県の境には関山トンネルがある。

この日は、すっかり忘れていたのだが、かつてこの関山トンネルには、タクシーの運転手さんたちの間で、幽霊が出るという噂がたっていた。それは、
「深夜にトンネル付近に立っていた白い服の女性を乗せた運転手さんが、途中、バックミラーで後ろを見ると、その女性は消えていた。驚いた運転手さんが車を停め、後部座席を確認すると、座席はぐっしょりと濡れていた」
のようなものだった。

当時、私は山形県の庄内で仕事をしており、仙台~鶴岡をたびたび往復しており、深夜に関山トンネルを通ることが多かった。当時の私は若く、怖いもの知らずの青二才だった。このトンネルに差し掛かるたびに、「出るなら出ておいで、退屈しのぎにちょうどいい」のように思っていた。それも遠い昔の話となり、噂をする者もなくなり、私もすっかりわすれていた。

日中は雨模様の天気だったが、午後からは雨もやみ、天気は悪くはなかったが、空一面にうすい雲がかかっていた。それでも道路の見通しは悪くなく、快調に車を走らせ、関山トンネルに入った。トンネルに入りまもなく、「トンネル内に人がいます」の電光掲示板が、赤く、二度ほど点滅した。

少し驚いた。このトンネルは、深夜でも修復工事などを行っていることもあったが、入り口に「作業中」などの看板は見かけなかった。それに、さほど長くもないトンネル内に、作業をしている車両などもみられない。また、「トンネル内に人がいます」の電光掲示板などは初めて見た。「おい、出るのか。」昔の、このトンネルの幽霊話を鮮やかに思い出した。

注意深く、トンネル内の様子を伺いながら車を走らせた。当然のことながら、トンネル内に人影はなかった。トンネルを出て、そのまま車を二分ほど走らせ、車のライトをハイビームにした。すると突然、車の前を白い人影らしいものがよぎった。「やはり出たか」と思い、車を静かに路肩に停めた。

車から下りると、路肩には一面にススキが風になびいていた。「幽霊見たり、枯れ尾花か」と思いながら、ふと空を見上げた。薄曇りの空に、十三夜少し前と思われるおぼろ月が上っていた。月は、美しい月輪のかげに寂しげに光っていた。唐突に、古い童謡の「雨降りお月さん」を思い出した。

雨降りお月さん 雲の蔭
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
一人でからかさ さしてゆく
からかさないときゃ 誰とゆく
シャラシャラ シャンシャン 鈴つけた
お馬にゆられて ぬれてゆく

やはり幽霊が出たのだと思った。怖くはなかったが、背筋が寒くなった。きっと、この世ではない異界に、一人ぼっちで雨に濡れて上ったのかもしれないと思った。寂しいおぼろ月に手を合わせた。