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山形県三川町に伝わる伝説として蛇ニオ伝説がある。三川町の押切新田の宇賀神社にその「蛇ニオ」はある。「ニオ」とは、脱穀後の稲藁を円錐形に高く積み上げたもの。稲藁は、昔は敷物や梱包材としての筵や縄、また草鞋や畳床などの材料として広く使われ、藁によりそれらの製品は主に農閑期に作られ、農家の重要な収入源となっていた。そのためかつては農家の庭先などによく見られたが、現在は藁の用途がなくなり、その殆どは燃やされ、ニオを見かけることも少なくなった。

この藁ニオは、この地の宇賀神社の境内にあり、次のような伝説を今に伝えている。

約200年ほど前、赤川が大洪水になったとき、小さな藁ニオがどこからともなくこの地に流れ着いた。水が引いた後に、村人たちがそのニオを片付けようとしていると、そのニオの中から双頭の白蛇が現れた。、蛇は宇賀神社の前立であることから、使神の蛇の棲家としてこの地に祀られるようになった。

いつのころか、夜中になると餅をつく音が聞こえてくるので、近所の村人が不思議に思い、音のする方に行ってみると、その音は「蛇ニオ」の中から聞こえてくる。村人は不思議に思い、身を清めてからニオを崩してみると、その中から一頭の獅子頭が出てきた。これは神様の下されものだろうということになり、この獅子頭は村人たちにより大事に保管され、現在の宇賀神社の獅子舞に継承されている。

また、付近の家に火災があったとき、どこからともなく四、五人の若者が現れ、火の中に飛び込み家財道具を運び出してくれた。家人らがお礼を言おうと若者たちを探したが、すでにいずこともなく消え去っていた。このとき、「蛇ニオ」にも火の粉が降りかかったが発火することはなかった。村人たちは、その若者達は、きっと神の化身だったのだろうと噂しあった。

またある時は、赤川に大洪水が起こりこの「蛇ニオ」は押し流されて、東南の150mくらい離れた地に止まった。村人たちは、洪水の跡片付けに忙しく、「蛇ニオ」のことをわすれてしまっていた。すると「蛇ニオ」が流れ着いた近辺に不幸が相次いで起こるので巫女に伺いをたてたところ、「蛇ニオ」は、元の位置に戻りたがっているという神のお告げがあった。そうしているうちに、再び大洪水が起こり、川の流れが逆になり、「蛇ニオ」は元の位置に復したという。

宇賀神社の神は、白蛇の姿になって現れると伝えられており、信仰する人の前には、白い蛇や頭に金のハチマキをした蛇が現れるという。現在も、安産の神、防火の神として、近在の信仰を集めている。