岩手県一戸町楢山字茶屋場

2016/09/25取材

現在、一戸来田集落の老人保養センターになっている「弁天の湯」は、昔から薬効のある冷泉として知られ利用されていた。

昔、この地域一帯は鬱蒼たる原始林が谷川を埋めていた。ある夏の夕方、山仕事を終えて家路に急いでいた部落の老人が、この谷川の近くを通ると、川下の方から美しい歌声が聞こえて来るのに気付いた。しかし人の近寄るような場所ではなく、きっと狐か狸の仕業だろうと思い、そのまま家に帰った。

数日後の夕方、またその場所を通ると、この前と同じように谷川から歌声が聞こえてくる。老人は恐るおそる谷川の崖ふちに近づいて下を覗いてみると、美しい女神が、谷川の滝の岸辺の大石に腰かけて、長い髪をくしけずっているのが目にとまった。

暫くして人の気配を感じたのか、静かに立ち上がると煙のように木立の中に姿を消した。

「弁天様だ」老人はその姿の気品に打たれて呆然としていたが、暫くして谷川に降りてみると、弁天様の座っていた石の傍らから、湯の花を浮かせた泉がこんこんと湧いていた。

老人は翌日、樽に泉を汲んで家に持ち帰り、湯に沸かして使ってみると、肌が滑らかになり、切傷や皮膚病、目の病などによく効くことがわかった。

これは弁天様がお授けになった冷泉と思い、その地に弁財天を祀るようになったと云う。