宮城県南三陸町歌津字番所

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泊崎突端に行く途中の左手高台に番所跡がある。

正保3年(1646)に徳川幕府の鎖国政策により、二代仙台藩主伊達忠宗のときに外国船の監視所として設置されたもの。監視範囲は気仙沼から泊崎までの七里十六町四十八間(29.3キロ)とされ、名足浜の大坂平太夫が代々世襲して監視にあたり、その子孫は今でも大坂平太夫を名乗っている。

なお、この場所には太平洋戦争当時も軍の監視所が置かれていたが、現在は安全航海のための灯台が海上保安庁によって設置されている。

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