岩手県遠野市宮守町下宮守

2014/05/09取材

 

別名:宮守川橋梁

めがね橋は、JR東日本釜石線の鉄道用アーチ橋であり、半円アーチ状の橋脚は高さ20m、全長107mで、鉄筋コンクリート製の5連アーチになっている。景観に調和した設計であり、当時の鉄道土木技術の高さを示すものとして、平成14年(2002)土木遺産の認定を受けた。国道283号と宮守川を跨いでおり、大正4年(1915)に竣工し、昭和18年(1943)に改修されて現橋となった。

改修以前には釜石線の前身である岩手軽便鉄道で使用され、石造である旧橋の橋脚も3基現存している。旧橋は宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』のモチーフにもなったと云われている。

岩手県では、北上川沿いに日本鉄道線(現在の東北本線)が最初に開通した。これに対して三陸海岸側への鉄道の開通は大きく遅れることになり、長らく海岸と内陸の連絡は、青森県や宮城県へ一旦鉄道で移動してから、海路を利用しなければならなかった。釜石には重要な製鉄所があり、鉄道連絡は岩手の大きな課題であり、明治44年(1911)、当時の岩手県知事の岩井信一の働きかけもあり、民間で岩手軽便鉄道の構想が動き出し、花巻町(後の花巻市)から遠野町(後の遠野市)を経て、上郷村沓掛(後の遠野市)間64.8kmの鉄道敷設は許可され、大正元年(1912)に建設工事が開始された。大正4年(1915)に花巻から仙人峠間の65.3kmが全通し、その時にこのめがね橋も建設された。

この軽便鉄道の筆頭株主は、釜石製鉄所長の横山久太郎だったが、株主の大半は沿線の住民で、宮沢賢治の母方の祖父も株主として出資していた。

現在このめがね橋は、遠野市のシンボルとして、夜間はライトアップされ、訪れる人を宮沢賢治の幻想の世界へと誘い、最近では「恋人の聖地」にも認定されている。

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