岩手県花巻市石鳥谷町江曽

2012/05/16取材

 

この一里塚は、明暦4年(1658)頃、南部重直の命により奥州道中を路線変更した際に、この地に築かれたと考えられている。現存する塚は東側の1基のみで、底面がほぼ方形に近い形状を呈し、東西径9.1m、南北10.6m、高さ2.94mである。大きさや形状から、築かれた当時のまま残っていることがわかる。昭和44年(1969)、県の指定文化財に指定された。

一里塚とは、一理を36町(約3.93km)と定め、江戸日本橋を起点として一里ごとに築かれ、旅行く人々の行程の道標とした。塚の築造は、慶長9年(1604)に、徳川幕府の命により、諸藩が東海、東山、北陸の3道中に、5間四方の塚を築かせたのが始まりとされる。塚は1ヶ所につき道の両端に1つずつ置かれ、榎や松などの樹木が植えられた。

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