岩手県花巻市

2014/05/09取材

  • 一の鳥居
早池峰神社は、大同2年(807)、田中兵部、始閣藤蔵(しかくとうぞう)の両名が、早池峰山頂に姫大神を祀ったことに始まる。

正安2年(1300)、越後の円性阿闍梨が天下の霊地であるとこの地に止まり、一宇を建立し、早池峰大権現と崇め奉った。

慶長13年(1609)、盛岡藩初代藩主南部利直がこの地を巡視した際に参詣し、寺領150石を与え、領内海陸総鎮守とした。

本堂は神仏混交の時代には新山堂と呼ばれ、一帯は、早池峰山を盛岡城の東の鎮山とした盛岡藩により次第に整備されていった。

慶長15年()から17年にわたり、新山堂、薬師堂、本宮、舞殿、鳥居、客殿が造営され、これには大旦那の南部利直が、御蔵米百駄、人足3千人、金子3枚、また大迫を知行していた田中彦右衛門は、金子1枚、人足2千人を提供している。

現在の早池峰神社は、その後2回修復されているが、内陣柱を中心とした軸組や、木鼻の手法、本殿軒周りの装飾等にも、慶長期の堅実で力強い手法が残されている。

またこの岳地区には早池峰神社への奉納神楽として岳神楽が伝承されている。

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