2013/08/20

 

歴史散策⇒弘前学院外人宣教師館

弘前には、辻ごとに明治の洋風建築があると言っても過言ではない。それらは町の中心にある弘前城とあいまり、この町を格調の高いものにしており、それらは郷土愛や地域文化のプライドを醸造しているに違いない。

私の住んでいる仙台は、都市化の波と「経済効果」やらで、仙台城址にはけばけばしい土産屋が立ち並び、町中の古いものはどんどん取り壊され、その代わりに安造りの建物が建てられ、下卑た小東京に成り果てている。そのような中で、地域のプライドなど生まれるはずもなく、人材の多くは首都圏へと流出していく。

この日は、30箇所程の弘前市街地内の予定箇所の全制覇を目的にしており、いい加減な私も「綿密な?」計画を立てざるを得なかった。車のバッテリーにPCをつなぎ、予定箇所を登録しているマップを表示しっぱなしにしたまま、朝の5時からまわりはじめた。渋滞する8時頃までが勝負になる。

なにせ、ほとんど四辻ごとに訪問箇所があり、その多くは明治建築であり、城址などとは違い、写真を撮るのに短時間ですむ。中には内部を公開しているような所もあったが、このような取材では内部までじっくり観るようなことはできず心残りではある。また、どの建物も、その周辺状況や天候などを勘案し、もっとも適切な撮影時間があるとは思うのだが、仕事の合間に巡る旅だ、贅沢は言っておられない。本当にすばらしい写真は地元の方にお任せしよう。

どの建物も大切に手入れされており、古臭さはまるで感じない。むしろ新しい建物を圧倒するような凛とした威厳すら感じる。この地には、かつてはこのような建物を建造することができる経済力と高い文化があった。今も、中央とは一線を画した独特の文化を持ち、多くの人々を魅了してはいるが、経済的には他の地方都市と同じく、その富は中央に吸い上げられてしまっている。

仙台にもかつては明治や大正期の建物はそれなりにあったはずだが、太平洋戦争末期の空襲で損なわれたのは仕方がないとしても、かろうじて残った建物や町並みまで取り壊され整理され、その跡にはアンパンマンミュージアムなどが建てられた。新しく得たものと、失われたものを計りにかければ、失われたものがはるかに大きいと私には思われる。

9時頃までには10数ヶ所を周り、この日の内に予定箇所を周れる見込みが付き、時間をとって周らなければならない禅林街に向った。

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