2013/06/07

 

この日の仕事は、予定より少し遅れて酒田ですべて終わった。この先は3日間フリータイムで、待望の歴史散策である。そのまま秋田の北端の八峰町まで走る予定だ。天気は良いので、途中どこかで夕陽に出会えるだろう。どこで出会えるか、日本海沿いに北上するルートであるため、各所に夕陽のスポットはあるはずだ。

この季節の日は長い、あわてる必要はない。ゆったりと国道7号線を北上する。どの地がどのような絶景を見せてくれるのか。6時少し過ぎに遊佐町に入った。少し西の空が赤みがかっている。頃合だろうと、国道7号線から左に、国道345号線に入る。

国道345号線は、吹浦港を通り抜け、岬を巻くように走るかつての羽州浜街道だ。この吹浦港の北端に、出羽二見岩と十六羅漢岩がある。江戸時代には、象潟に向う松尾芭蕉と曾良もこの地を通ったはずだ。芭蕉一行がこの地を通ったときは、夕刻だったと思うが、天気は小雨交じりの悪天候だったはずだ。日本海の夕陽は、芭蕉が見ることが出来なかった出羽二見の夕陽を撮影することにした。

国道は、岬の先端部の二見岩を眼下に、岬を回りこんでいく。車を岬の先端の小さな駐車スペースに停めて、二見岩への道を探した。ガードレールの隙間から、急な崖にロープが張られた急峻な小道があった。いささか躊躇したがなんとかなりそうだ。

小道の岩くずに足をとられながらもなんとかロープを頼りに下に降りた。砂浜の水際に、注連縄が張られた大小の岩がある。太陽はまだ岩の上にあり、太陽の沈む位置を確かめ、岩の位置と浜辺の位置を調べ、撮影ポイントを決めた。

時折シャッターを切りながら考えた。松尾芭蕉はこの風景を見ることなしに象潟に向かい、その地で「象潟や雨に西施がねぶの花」の名句を残している。しかし、それ以降、みちのくの美しい庄内の海岸線を歩きながら、句を残すこともなく、本文の記載もない。恐らくは、芭蕉がこの地の美しい夕陽を見ても、やはり句を残すことはなかったのではないか。

水平線の近くに層状の雲があり、太陽はその合間を縫うようにユラユラと沈んでいく。一旦雲に沈んだ太陽が、水平線上のわずかのすきまにその姿を見せて沈み、紫色の雲が闇を招き始めた。

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