岩手県二戸市浄法寺町

2012/11/05取材

天台寺の別当の館に、一人の若い美男の僧侶が身をよせ修行をしていた。この僧侶は笛の名人でもあり、相夫恋曲は格別で、空を飛ぶ鳥が羽を休め、道を走る獣も足を止め聴きいるほどだった。その気品ある美貌と器量に、別当の若夫人は次第に心を惹かれていった。

しかしそれはいつしか別当の知るところとなり、嫉妬に狂い夫人を責め立てた。若夫人は、美僧への絶ちがたい恋慕と、夫の激しい嫉妬のはざまで心を乱し、ある夜ひそかに牛に乗って館を抜け出し、滝見橋の淵までやってきた。しばし月明かりの中で滝の音を呆然と聞いていたが、やがて意を決し牛共々に滝に身をなげた。

美僧への恋心と夫の嫉妬にさいなまれた若夫人の懊悩は、その体を蛇体と化し異なる世界に消えてしまった。岩の上には、牛の足跡と蛇体の這う跡が残った。

その後、かつての恋しい人の奏でた相夫恋の曲を口ずさむのであろうか、月の美しい静かな夜などに、悲しい歌声が滝の音に混じって聞こえてくるという。