岩手県田野畑村浜岩泉

2012/04/01取材

北三陸の田野畑を中心とした地は、海岸線には平地が少なく、そのため集落は段丘上にあり、農業や牧畜などが行なわれていた。川は台地上を西から東に流れ、侵食によって深い谷が形成されているところも多く、各集落はこの深い谷によって分断され、交通が極めて不便で「陸の孤島」などと呼ばれていた。

隣の集落まで行くにも、深い谷の急坂を谷底に下り、そして谷底から這うようにして急坂を上らなければならなかった。田野畑に赴任する役人や教師は、思案坂で「行くか、戻ろうか」と思い悩みながらも進むと、さらに険しいこの辞職坂に至り、職を投げ出して帰ってしまうとまで言われている急坂である。

この辞職坂には、昭和59年(1984)思惟大橋が架けられた。思案坂の槙木沢橋とこの橋により、この地の交通の便は大幅に向上した。現在は、国道45号線も整備され、美しい海岸線を眺めながらの絶好な観光ルートになっている。