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宮城県亘理町逢隈下郡字椿山

遺跡は亘理町北部、JR常磐線逢隈駅西側の小高い丘の上にあり、北側の郡庁院跡、南側の倉庫群跡に分けられる。

郡庁院跡は東西50m、南北65mの塀跡に囲まれた区域になっている。塀の東側と南側には門の跡がある。南側の門跡からは9世紀の土器が出土した。郡庁院跡内北側の区域には南北7m、東西18mの正殿跡があり、その南には東西6m、南北26mの長い二つの建物が東西に対称的な位置に並んでいる。

正殿と二つの長い建物は合わせてコの字型に並んでおり、当時の郡衙に見られる形式である。遺跡南側の倉庫群跡は一辺150mほどの堀で四方を囲まれている。区域内の西側と南側に10棟の高床式倉庫跡がL字型に並んでいる。郡衙の主たる業務が徴税であり、倉庫には米が貯えられていたと考えられる。

古くから礎石の存在が知られていたが、当時はこの礎石が何かはすでに伝えられてはいなかったようで、変わって次のような伝説が伝えられていた。 左甚五郎がこの地に来て、一夜にして建物を建てると言い工事にとりかかったが、天邪鬼がいたずらし、一番鳥が鳴くにはまだの時間に、鶏鳴をまねて鳴いたので、甚五郎は礎石を置いただけで工事を止めてしまったという。