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常陸坊海尊は、室町中期の軍記物語の『源平盛衰記』『平家物語』に出てくる、弁慶に並ぶ源義経の家臣である。しかし、歴史資料として比較的信頼のおける『吾妻鏡』には登場せず、確かな史料が存在しない。

その出自は定かでないが、弁慶が比叡山延暦寺出身とされるのに対して、『義経記』によれば、常陸坊海尊は園城寺の僧となっている。

海尊は、『源平盛衰記』では「長刀の上手にて」と記されているが、勇猛果敢で、不器用なまでに義経への忠義を尽くした弁慶とは対照的で、史実に関わるような状況になると、海尊の姿は、消えてしまう。

山形の最上峡を源義経主従が遡り平泉に向かう途中、手傷を負っていた常陸坊海尊は、このままでは義経の足手まといになるのを恐れ、この地に一人残った。海尊はこの地で修業を積み、仙人になったと伝えられ、義経の最後の戦いの衣川の戦いには参加していない。

また、別説では、衣川の戦いの際には、海尊をはじめとする11人の者たちが、近くの山寺へ参拝に出かけたまま、戻ってこなかったという。

また、義経北行伝説の中でも、むつの九艘泊の海尊社には、九艘泊から蝦夷地に逃れる義経と別れ、主従の無事と海上安全を祈り水ごりをとったと伝えられる。また、海尊は、霊夢により秋葉山の神を勧請し、この海尊社を開いたと伝えられる。

衣川合戦後、海尊がどこで何をしていたかは不明だ。しかし東北地方を中心に、仙人となり、「残夢」や「清悦」などと名を変え、後の世に源平合戦や義経主従の真実を語ったという伝説が、数多く残っている。

残夢は平安時代末期の元暦や、鎌倉時代の文治年間のことや、義経や弁慶について、まるで目の当たりにしたかのように語ったという。また義経の最期の地となった衣川を訪れた際に、老翁から貰った赤い果物を食して長生になったという。常陸坊海尊は、不老不死の伝説と共に、時空を越えて各所に伝説を残している。

会津の実相寺には「残夢」を名乗る海尊伝説が伝えられる。実に天正4年(1578)まで生存したことを伝え、概ね清悦と同じように、枸杞を常食したため長寿となり、やたらと義経について詳しく、しかも親しい者であったかのように生々しく語っていたと伝えられる。

会津喜多方の金川寺には、海尊伝説と同じ不老不死伝説の、八百比丘尼の伝説が伝えられている。海尊伝説は、海尊を名乗る修験者が布教のために義経伝説を広め、八百比丘尼にならった不老不死伝説も広めたのかもしれない。

海尊伝説は「義経記」を布教の手段として、その語り部として世代を重ねていく中で不老不死伝説を生み、各地に定着していったと考えられる。

仙台市宮城野区の青麻神社には、次のような伝説が伝えられる。

村人に久作という者がいた。淳朴正直であったが、長く眼病を患い遂には失明に至り、日毎に困窮を極めていった。天和2年(1682)春に、一人の老人が来て告げるには、「丑の刻の夜更けに斎戒沐浴して天を拝みなさい。吾はお前が性格が淳朴なのを知り、その目が見えなくなったの憐れにおもう。お前が吾が教えに従えば程なく病は癒えるであろう。」と言い残して忽然と立ち去った。

久作は、老人の教えのごとく天を拝み暫く黙祷していると、やがて星の光が目に満ちて、辺りの草木もわかるようになってきた。いよいよ信心を堅くし、毎夜天を拝み続け三十日余りで目の病は全快したのであった。

かの老人がまた現れたが、その風貌は常人と異なり、白髪朱顔でその眼光は人心射るものがあり、「お前の目の病は癒えたか。」と問われたが、久作は恐れ畏み平伏して仰ぎ見ることができなかった。畏まったまま、「幸いにも慈恩を蒙りまして、目の病は癒えました。感謝の言葉もありません。願わくは御老人のお名前とお住まいをお教えください。」と答えた。

老人が答えて言うには「吾はその昔源義経公の臣下であった常陸坊海尊である。今は名を清悦と改めている。四方を渡り巡り、暫く下野国の出流山中の大日窟に隠遁していたが、今からはこの窟に移り住もうと思う。この窟には何神を祭っておるか。」と。 久作は「村人がかつてより大日・不動・虚空蔵の三佛を祭っております。」と答えると、老人は「それは幸いだ。吾が祈念するところも日月星である。今よりはこの窟を三光窟と称し天長地久国家安泰を祈りなさい。」と言って窟に入られた。

その後、海尊仙は常にこのあたりの山中を遊行しており、ある樵夫がいて、その母親が中風を患っていたので、偶々山中で仙人を見かけ救いを乞うと、仙人は「桑の箸で食すれば、その病は全快し長寿するであろう。」と教えたとのこと。その他奇異なことが甚だ多く、因ってこの所に宮社を祠り、青麻岩戸三光窟また青麻権現と崇められ、遠近相伝えて祈願する者が絶えないという。

この常陸坊海尊伝説は、その不老不死伝説とは別に、源義経の遺児を匿い、それが伊達家中の伝説につながっていく。この件については、後日稿を改めて紹介する。