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青森県鰺ヶ沢町本町

 

白八幡宮は、鰺ヶ沢の湾内を一望する高台にあり、大同2年(807)に、坂上田村麻呂が蝦夷降伏祈願所として祠を創立したと伝えられている。また、康元元年(1256)に、時の執権北条時頼がこの地に来たり、再建されたという伝承も残っている。

鯵ヶ沢は、津軽藩発祥の地の種里にも近く、また重要な港でもあり、津軽藩にとっては特別な地と言っても良かった。そのためか、藩祖津軽為信が慶長8年(1603)、藩費で社殿の造営を行い、「鰺ヶ沢総鎮守」と定めて以来、歴代藩主の参拝が続き崇敬を集めた。

藩政時代には、浪岡八幡宮・弘前八幡宮とともに「津軽三八幡」と称されていた。

また、鰺ヶ沢は藩の要港として栄え、西廻り航路の『北前船』による藩米や木材の移出、日用品の移入など、上方と津軽を結ぶ海運の拠点として重要な役割を果たした。

その為、出羽、北陸、大坂方面の廻船問屋や地元の豪商などが商売繁盛と海運の安全を願い、玉垣や船絵馬を奉納するなど、篤い信仰を集めた。

また北前船は、全国から新しい文化をもたらし、例大祭は京都の祇園祭にも似ており、「津軽の京祭り」とも呼ばれている。

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