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青森県鰺ヶ沢町本町

2013/06/09取材

津軽藩二代藩主信牧の弟の信隆が、天童山の長松館に居たときに、町内に七つの井戸を掘らせたと伝えられ、その一つがこの「城の下の井戸」である。

水質が大変良かったといい、藩政時代に諸国往来の船が湊に入ると、ここの水を汲んだ。また、町に水道が普及した後の昭和40年代まで、付近住民のお茶の水として利用されていた。

七つの井戸のうち、現在ではここを含め三ヶ所が残るだけになった。