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青森県今別町袰月

震災前取材

嘉永5年(1852)、吉田松陰は23歳の時脱藩し、宮部鼎蔵らとともに東北旅行を行い津軽半島を訪れた。当時、蝦夷地との間3里ほどしかない津軽海峡を、外国船が頻繁に往来していた。松蔭は藩を越えた日本的視野から、津軽半島の海岸防備の状況を見て周ったようだ。

松蔭らは、十三湊から小泊へ、そして三厩に抜けて、松前街道をこの袰月海岸を通り平館に抜けたようだ。しかし江戸に帰着後、脱藩の罪に問われて士籍剥奪、世禄没収の処分を受けた。