青森県七戸町山屋

2014/08/23取材

 

藩政時代には、薬王院と称する修行の場だった。明治の神仏分離令以降、瑞龍寺が管理する薬王堂となった。

もとは七戸町西野地区にあったが、その地の神仏と折り合いが悪く、その地を去ることになった。その途中、草の上でうたた寝をしていたら、野火に気づき、あわてて逃げようとして「トコロ」のつるに足を取られて倒れ、「ウド」で目をついてけがをした。そのため目の治療で願をかける人は、今でも「トコロ」と「ウド」は禁食するという。

本尊の薬師像は木造三尺の立像で、桂の木の一木造りのなた彫りで、平安時代末期の優れた地方作のもの。随所に細かい手法を用いるなど、他の東北型仏像にみられない特徴がある。

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