青森県五戸町倉石中市字高屋敷

2014/08/24取材

 

中市館は、五戸川右岸の、標高60~100mの河岸段丘上に立地している山城である。

城域は東西約100m、南北約200mで、北と西は五戸川に臨んでいる。郭は三段に築かれており、すべて北西の五戸川方向に張り出しており、津軽氏を意識した築城のようだ。

城の東西は比高約30mから50mに及ぶ急崖、北は段丘の先端で堀が1本巡る。南は連続する台地であるが、深さ約10mの空堀を三重に巡らせている。

戦国期には三戸南部氏の支配下にあり、中市館には中市氏が居した。中市氏は、小笠原常西を祖とする櫛引兵庫の次男で、武常が中市村を領し、中市姓を称した。天正20年(1592)頃破却された。

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