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八戸市新井田字寺ノ上

 

創建は正平23年(1368)、八戸南部氏一族の新田(にいだ)政持が、甲斐の倉見山に開いたのが始まりと伝えられる。明徳4年(1393)、南部光行が八戸に下向した際に、新田氏もそれに従い、その時に対泉院も移ったものと思われる。

新田氏は、八戸南部氏の一族の中でも有力な一族だったと思われ、三戸南部氏の後継争いの時、南部信直を強く支持した八戸政栄は新田氏からの養子だった。また八戸直政が病没し、八戸氏は断絶の危機に陥ったが、そのとき八戸を継いだ直義も新田氏から養子に入った。

その後、八戸氏が八戸から遠野に移封となり、新田氏もこの地を去り、対泉院は一時衰退したが、盛岡藩主南部利直により再興された。

現在の山門は、文化8年(1811)頃にはすでに建てられていたもので、三間一戸、入母屋、銅板葺き、禅宗様の楼門建築で、八戸市内では最も古い楼門と考えられている。

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