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青森県おいらせ町下屋敷

 

源義経は、衣川の戦いに敗れた際に、夫人とともに平泉を脱出し、蝦夷地へと向かった。いわゆる義経北行伝説である。しかし、この地で夫人は病で亡くなり埋葬された。

塚は直径2間ほどの円塚で、頂上にはクルミの木が植えられ、「巫女塚」と呼ばれていた。村人らはこの地を敬い「夫人ヶ森」と呼び、いつしかそれがこの地の地名の「藤ヶ森」に転じたとされる。

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