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青森県青森市安方二丁目

善知鳥神社は現在の青森市が昔、善知鳥村と言われた頃、奥州陸奥国外ヶ浜鎮護の神として、第十九代允恭(いんぎょう)天皇の時代に、善知鳥中納言安方が此の北国の蝦夷や山海の悪鬼を誅罰平定し勧請したとされる。また、坂上田村麻呂の東北遠征の際の大同2年(807)に再建されたと伝えられる。

善知鳥中納言安方は、この地の人々に漁猟や耕作を教え、この青森の地に善知鳥村を拓いたとされ、この善知鳥神社が、青森市発祥の地と云われている。一説には、安方は、安方悪智という名を蒙り、親子ともども流罪になり、子は南方に、安方はこの地に流され、この地では自らの罪業を深く悔いて善智となり、この外ヶ浜の神になったとも伝えられる。

善知鳥とは、チドリ目ウミスズメ科の海鳥で、親子の情愛が深い鳥で、そのことから、親鳥が「うとう」と鳴くと、雛鳥が「やすかた」と応えるという。

また、善知鳥は善知鳥御前と呼ばれた安方の後妻のことで、生神となった女性という説もある。神社を囲む池を善知鳥沼と呼び、そこの弁天社に祀られているとされ、この神社の霊験は、しばしば女人の姿で現われるため、安方宮とは呼ばず後妻の善知鳥宮と呼ばれるのだという。

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