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青森県鰺ヶ沢町本町


鰺ヶ沢は、青森湊とともに、津軽の両浜といわれ、西廻り航路が開かれてからは、領米を積み出す津軽藩御用湊として、諸国の船で賑わった。

これら湊の維持管理や、この地方の治安維持のため寛文年間(1661~73)に町奉行所が設置された。当時はすぐ前が海に面し、船着場だった。

建物は、藩主の宿泊所である御仮屋も兼ね、約160坪の堂々たるものだった。藩主専用の御座の間、二ノ間、三ノ間、屯ノ間、御湯殿も造られており、「御城」と呼ばれてもいた。

享保3年(1718)の「諸役勤務書」には、町奉行の役割として

・湊口出入詮議
・災害時の救助態勢手配、災害報告
・湊の御用、御役銭取立て、荷物の改め
・御普請の監督
・お早船の管理全般
・勤務時間は9時から3時まで

などとなっている。

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