青森県大間町字大間

2012/07/11取材

 

商船を改造した特務艦豊国丸(1274t)は、終戦間近の昭和20年(1945)7月、八戸港を出港し北上していたが、早朝4時30分頃から、アメリカの艦載機グラマンによる攻撃を受け始めた。火力も少ない中、乗組員は奮戦したが、11時頃までには戦闘員の多くは戦死または負傷し、14時頃には大間崎近傍で爆弾3発を受けて14時36分に沈没した。

沈没時に約60名が艦を離れ海上に出たが、多くは波間に沈み、また潮流に流されて行方不明となった。助かったのは乗組員147人中大畑町に流れ着いた12名だけだった。

慰霊碑は、昭和52年(1277)、遺族や戦友会らの関係者によって建てられた。

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