岩手県大船渡市日頃市町字長安寺

震災前取材

 

長安寺は市街地のはずれにある、この地方屈指の巨刹である。この寺には、三間三戸の巨大な楼門がある。

長安寺は、京都東本願寺の末寺で真宗大谷派に属する。開創は平安時代末期と考えられている。開基は、正善坊と号し、気仙郡司金為雄の嫡流であった。正善坊は、天喜・康平の頃(1060頃)、安倍貞任追討の際には、八幡太郎義家の幕下で、次郎丸為正と名乗っていた。しかし思うところあり、出家して比叡山に登り正善坊と号した。のちに気仙郡に帰り長安寺を創建したと伝える。

当初は天台宗だったが、足利義満将軍の明徳2年(1391)、二十一世正光坊のときに現在の真宗に改宗した。弘治2年(1556)火災に遭い、七堂伽藍の宝物等悉く鳥有に帰した。現在の本堂は、明治16年(1883)に創建されたもの。

現在に残る楼門は、寛政8年(1798)に竣工したものだが、この門が建立された当時は、欅の門は御法度であった。その欅材を使った門を造っていることが仙台藩主に知れ、取り壊しを命ぜられたが、これは門ではなく仏殿だとして、なんとか取り壊しを免れた。しかしそれ以後の工事を禁止されたため、門は現在でも未完成のままだと云う。