遠野市小友町47地割47番地

2017/05/17取材

 

この伊豆権現の創建は享保8年(1723)以前と伝えられる。源義経の愛馬である小黒号にまつわる伝説があり、小黒号馬魂碑がある。境内のイヌザクラは推 定樹齢220年で、市指定天然記念物に指定されている。

遠野地方は、古くから名馬の産地として知られていた。昔、源義経が奥州藤原氏の平泉館に身を寄せていた折に、この小友町小黒沢に黒鹿毛の名馬が生まれ、産地に因んで小黒と名付け義経に献上した。

しかし文治年間(1185~90)、義経は衣川の戦いに敗れた際に、愛馬小黒を放ち郷里の小黒沢に帰し自害した。

小黒は生地の小黒沢でしばらく余生を送っていたが、やがて寂しく老死した。村人たちはこれを憐み、丁重に埋葬し石塔を建ててその菩提を弔ったと云う。

やがて時がたつに従い、その所在は不明確となり、これを残念に思った有志が、大正元年(1912)、この伊豆権現の境内地に「名馬小黒の碑」として石碑を建てた。

 

この名馬小黒号については、遠野の駒形神社に、義経北行伝説に関わるものとして次のようにも伝えられる。

平泉を脱出した義経主従は、赤羽根峠を越えて遠野に入ると、逃避行の疲れからか、義経の愛馬の「小黒号」が死んだ。義経は駒形神社の地に祠を建てて、ねんごろに葬ったと云う。