岩手県花巻市東和町谷内

2017/05/14取材

 

丹内山神社の草創は今から1300年前、上吉地方開拓の祖神の多邇知比古神(たにちひこのかみ)を祀ったと伝えられる。しかしそれ以前に太古の昔からこの地は蝦夷の信仰の地だったと考えられる。本殿の奥にある巨岩の「胎内石」はアラハバキの磐座と伝えられ、今もご神体として祀られている。

坂上田村麻呂が延暦年間(782~805)の東夷征伐の際に参籠したとされ、田村麻呂はこの神を恐れ、同じ東和にこの神社を睨むように毘沙門天を祀ったと伝えられる。

承和年間(834~47)に、空海の弟子の日弘が不動尊像を安置し「大聖寺不動丹内大権現」と称し、以来神仏混交による尊崇を受け、平安後期は藤原清衡の篤い信仰を受け、またその後も中世には安俵小原氏、近世は盛岡南部氏の祈願所として篤く庇護されてきたと伝えられる。

明治初めの廃仏毀釈により、丹内山神社と称し現在に至っている。

現在の本殿は、文化7年(1810)に再建されたもの。内陣には権現造の厨子が据えられており、正、側面の外壁一面には、中国の故事や古事記、万葉風の彫刻、脇障子は唐獅子と牡丹が彫刻されている。県内の社寺建造物の中では、彫刻装飾優位の建物になっており、平成2年()、県指定有形文化財に指定されている。

また、本殿の左側山頂付近に経塚が存在し、全国でも数個しかないと云われる北宋の白磁無紋の壺や、湖州鏡、中国古銭、経筒などが出土しており、平泉藤原氏の強い影響下にあったと思われる。

この丹内山神社には七不思議が伝えられている。

その一、唐獅子~本殿脇障子の唐獅子を舐めると居眠りしない。
その二、つらら~神社境内の建物にはつららが下がらない。
その三、肌石~この石の上には雪が積もらない。
その四、手水鉢~どんな干天でも水が乾くことがない。
その五、竹~境内には竹が生えない。
その六、銀杏~どんな強風でも境内の外に葉が飛び散らない。
その七、桐の木~爺杉の木の幹に桐が生えていた。