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福島県須賀川市池上町

  • 十念寺

 

松尾芭蕉と曾良は、元禄2年4月22日(陽暦6月9日)、須賀川に着き相楽等躬宅に7泊した 。その間、歌仙を二巻まき、4月28日にはこの十念寺を訪れた。

すか川の駅に等窮といふものを尋て、四、五日とゞめらる。
先白河の関いかにこえつるやと問。
長途のくるしみ、身心つかれ、且は風景に魂うばゝれ、
懐旧に腸を断て、はかばかしう思ひめぐらさず。
「風流の、初やおくの、田植うた」
無下にこえんもさすがにと語れば、
脇・第三とつゞけて、三巻となしぬ。

浄土宗名越派の本山である下野の円通寺の末寺として、文禄元年(1592)開創された。もともと庶民信仰の報恩念仏道場として開かれたささやかな寺だったが信仰を集め、次第に興隆に向った。この寺の関係者(檀家?)に、この地方の旧家の市原家があり、安政2年(1855)女流俳人市原多代女により、芭蕉の「田植唄」の句碑が建てられ、また多代女の辞世の句碑もある。

「終に行く、道はいづこぞ、花の雲」

なお、この寺には、東京オリンピックでマラソン第3位となった円谷幸吉の墓もある。