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かめに何匹かのカニを入れると、互いに先に外に出ようと暴れ回る。しかし結局は1匹も外に出られない。下にいるカニが先にはい上がろうとするカニを引きずり落とすからだ。

一人の中国人が風呂敷包みを持って外国の空港に降り立つと、10人の中国人が集まり少しずつ金を出し合って店を出させるという。次に別の中国人がやって来ると、今度は11人が同じように支援する。これに対して韓国人は一人が移民にやって来ると10人が来て全てを剥ぎ取る。次に別の韓国人が来ると今度は11人がやって来て同じことをする。以前海外に住むある韓国人から聞いた話だ。この文は、韓国民が自国民を批判的に見て投稿した文だ。

韓国民は、「いとこが土地を買えば腹が痛い」という。「腹が痛い、」とは嫉妬に狂うことを意味する。われわれは世の中に放り出された時に、自分で成功することよりも、まずは、同業者や隣人を踏みにじろうとする。相手をだますことや侮辱すること程度なら全くためらわない。京畿道のある製パン店で「ネズミが出た、」とネットで大騒ぎになった。これはライバル店が広めた虚偽情報だった。

京畿道スオン市では、二つのインターネットカフェが文字通り「命懸けの競争、」をした。一方が「1時間500ウォン(約50円)、ラーメン500ウォン、」で客を集めようとしたところ、もう一方が「1時間300ウォン(約30円)、ラーメン300ウォン、」を打ち出した。双方の社長はかつて一緒に店を出そうとしたほど仲が良かった。ところが今は「お前が死ぬまでネットカフェの料金は無料にする、」段階にまで行き着いた。「性犯罪者もネットカフェができるのか、」といった、個人攻撃とも言える横断幕も、平気で掲げる。どちらも間違いなく赤字のはずだが、それでも関係ない。重要なことは相手を引きずり落とすことだ。

韓国人は内輪で命懸けであい争い、結局は異民族の支配を受けるというつらい経験を味わった。ところが「それでも韓国人には共生の能力が足りない、」と思わざるを得ないときが多々ある。

韓国にも、このような自省と自制を持って自国を見つめる論が時折出て来る。韓国が真の民主的な先進国となるためには、このような方々の主張が、しっかりと理解される国になる必要があるだろう。

筆者は、このような方々が韓国にもいることに、わずかな希望を持っている。もしかすると何十年か後には、互いに自省と自制を持って、話し合える時が来るかもしれない。しかし現在の韓国は、この記事にあるような「韓国人には共生の能力が足りない、」なかで、亡国の危機にあるように思える。

韓国の亡国の危機は、パククネ氏やムンジェイン氏の執政から来ているだけではない。それを支持する、あるいは批判する、大多数の韓国民の民度の低さに由来するものだ。この記事にあるような、韓国民の忌むべき民度の低さが、韓国を亡国に追い込んでいるように思える。

韓国は、セウォル号事件では、その民度の低さをいかんなく発揮した。あの国民的な大事故のセウォル号事件からも、韓国民自身の後進性をみつめ、それを正せたとはまるで見えず、その後も、嘘、詐欺、利己主義、無計画、などなど、後進性をいかんなく発揮している。

客観的に見て、韓国の歴史上、国民の意識がそれなりに高かった時代は、恐らく、彼らが「日帝強占時代、」とする日本による近代化時代、そして次に朴正煕時代の「ハンガンの奇跡、」時代だろう。その後の民主化運動により、「民主化、」され、現在の韓国政治は、与党、野党ともに、当時の民主化運動の中心的メンバーが圧倒的に多い。しかし、その政治を見ていると、「日帝強占時代、」や「ハンガンの奇跡、」時代の民意の上昇ベクトルは見られず、むしろ、嘘、詐欺、利己主義、無計画、のベクトルは上がっているように見える。

くしくもパククネ氏が、慰安婦問題で日本に対して「歴史を見ない者に未来はない、」との「名言、」を吐いたが、それこそが韓国民に必要なものだと思う。このチャンネルでは、一切の友好的配慮などまじえることなく、歴史の真実を中心に、客観的に述べているつもりだ。また、韓国内に蔓延する軽蔑すべき対象についても、できるだけ客観的に批判しているつもりだ。

もちろん、その筆者の論が全く正しいものとは限らない。批判があれば是非コメントして欲しいし、それが論理的で自省と自制がなされているものであれば、「同志、」として、敬意をもって返答したいと思う。

韓国民自身が、現在の韓国の「エセ民主勢力、」が主導する歴史を疑い、体制から垂れ流された歴史から脱し、自分の意思で歴史を見つめ直せば、真の民主主義が訪れるかもしれない。それまで、今の韓国が北に飲み込まれないことを祈るばかりだ。