山形県庄内町清川字上川原

震災前取材

 

庄内町清川地区の清河八郎を祀る清川神社に隣接する御殿林は、昔この場所に藩主の宿泊所があったことから、「御殿林」と呼ばれるようになったと伝えられる。

戊辰戦争の折、この御殿林には、新政府軍の侵攻に備え 庄内藩が守備隊を置いていた。新政府軍は、慶応4年(1868)4月24日早朝、清川の「腹巻岩」を占拠し、山上から清川村に対し砲撃を開始し、この御殿林も戦場となり、双方からの無数の弾丸が飛び交った。この林の木々には、今もその弾痕が多数残っているという。

俳人の正岡子規がここに立ち寄り、この地が戊辰戦争の戦場だったことを知り、次の句を詠んだ。

蜩(ひぐらし)の 二十五年も 昔かな

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です