山形県河北町岩木

2015/03/21取材

 

岩木観音(慈眼院)の創建は嘉慶元年(1387)に教円坊によって開かれたのが始まりとされる。

かつてこの地に1人の老僧が、運慶作とする観音像を背負い巡錫で訪れた。この時、老僧はこの地を霊地と悟り、小堂を建立し観音像を安置したという。

その後、堂は荒廃し、観音像の事も忘れられていたが、木樵がたまたまこの地に埋もれていた聖観音像を見つけ、これを仏意と悟り、出家して教円坊を名乗り、篤く奉祭したと云う。

最上三十三観音第18番札所、谷地三十三観音第3番札所となっている。

 

・青苧権現

この地方では、元禄の初め頃から幕末まで青苧が栽培されていた。青苧は、紅花や木綿栽培が行われる以前は、畑の基幹作物として最も重要な産物であり、舟運で遠く奈良、四国までも移出された。青苧権現は、栽培農家の上作祈願のため建立・祭祀されてきたもの。

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