山形県河北町西里

2014/03/19取材

 

源義家は前九年の役の際に、鳥海、月山の両神に戦勝を祈願した。奥羽征討平定後、神意に感謝し、この地に鳥海、月山の両神を勧請し、権現堂を建立したのが始まりと伝えられる。

その後の慶長年間(1596~1615)、最上義光が社殿を再建した。宝暦年間(1751~1764)に和田六太夫が本殿を再建し、両所大権現と称した。江戸時代には出羽三山信仰の影響もあり、また境内には嘉永4年(1851)に彫り込まれた「最上三十三観音像」や鐘楼が建立されるなど、神仏習合時代の名残が見られる。

明治初期の神仏分離令にて両所神社と改称した。現在の社殿は昭和23年(1948)に再建されたもの。

毎年5月の例大祭には、江戸時代中期から伝わる両所田植踊りと言われる、こっけいな表情の面を着けた田植え踊りが奉納される。

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