山形県舟形町長尾

2017/08/21取材

 

この地は、古来より出羽三山参詣の道者達が、新庄峠を越え、この松の下で三山の方角に向かって念仏を唱えたと伝える地で、この松は念仏の松と名付けられたという。

最上町から新庄へ抜ける道は、舟形回り、新庄峠越え、亀割峠越え、内山通りとあった。舟形回りは公的な道として利用されたが、城下までは最も遠かった。また亀割峠越えは、新庄まで最も近かったが、亀割山を直線的に登り下りする峻険な山道だった。これらの中で、新庄峠越えは、新庄鳥越村休場へ抜ける道で、往来が最も頻繁だったという。

この道には茶屋もあり、藩主の御成り道でもあった。道者たちは、この松の側を通り新庄へ出て、本合海より最上川を下り、古口を経て角川口より出羽三山へ拝した。

しかし嘉永3年(1850)、新庄峠越えの開削大改修が行われた際に、路線が変更になり、この道を通る者も少なくなった。

樹種はアカマツで、幹回り約4m、樹高約20mで、樹齢は約500年と推定されている。樹形が美しく、下には庚申塔が立てられ、いつも蝋燭や花がそなえられ、今なお信仰を集めているようだ。

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