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山形県鶴岡市三瀬

震災前取材

 

大山を出た芭蕉らは、現在の県道38号線を南下し、矢引峠を越え三瀬に抜けたと考えられる。この道は、古くは、源頼朝に追われた義経一行が、鼠ヶ関 近辺に上陸し、芭蕉とは逆に平泉へ向かった道と伝えられる。

三瀬は、かつて羽州浜街道の宿場だった。芭蕉と曾良は、三瀬からの日本海の海岸線を通る羽州浜街道の奇岩と景観を望みながら温海へと向かった。

曾良随行日記は以下のように記す。

晴。大山ヲ立。酒田ヨリ浜中へ五リ近し。浜中ヨリ大山へ三リ近し。大山ヨリ三瀬へ三里十六丁、難所也。三瀬ヨリ温海へ三リ半。此内、小波渡 、大波渡、潟苔沢ノ辺ニ鬼かけ橋、立岩、色々ノ岩組景地有。