山形県南陽市長岡

震災前取材

 

大きさは、全長96m、後円部直径62m、前方部長さ34m、前方部高さ約9.6m、後方部高さ4mで、山形県では最大規模を有する前方後円墳。東北では6番目の大きさになる。

もともと存在した自然丘を削り出して造られており、後円部が三段築成、前方部が一段築成である。造られた時期は、出土遺物と築造方法などから推定すると、4世紀後半から5世紀初頭と推定される。

昭和55年(1980)には、国の史跡に指定された。昭和62・63(1987・1988)の発掘調査では、被葬者の石室は存在せず、木棺を直接埋葬したものと考えられる。また、高坏形土師器と、底部穿孔土師器という珍しい土器も出土したが、埴輪や葺石等は確認されていない。

平成に入って、保存のための整備工事が行われたが、墳丘の保存状態が良好なため、部分的な修復にとどめ、墳丘斜面を自生植物で保護している。

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