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山形県南陽市宮内

震災前取材

 

この地の熊野大社には、後白河天皇が即位以来、毎年、大晦日から正月七日まで、勅命により天下泰平の大祈祷が行われていた。

とりわけ、文永・弘安の蒙古襲来という大国難に際しては、当時の亀山上皇の直接の使いがこの熊野大社を訪れて、国家安泰の祈祷が行われた。この鏡池は、その際にみそぎをした場所と伝えられる。

またこの地の石橋は、勅使しか渡ることを許されていない橋として今に残っている。この橋は「馬の爪割橋」ともいい、四隅に馬の蹄でくぼんだという跡がある。いつの時代か、ある武将が参詣の折、無礼にも馬に乗ったままこの橋を駆け渡ろうとし、その際に馬の蹄が石橋に食い込み、激しく落馬し死んでしまったと云う。