山形県戸沢村古口

震災前取材

 

江戸時代に、新庄戸沢藩は、領内を十二の郷に分け、それぞれに代官一名を置き、領民を支配していた。この地は、その内の一つ古口郷の代官所跡であるとともに、最上川の舟番所の跡でもある。

戸沢藩にとって、最上川は経済の大動脈であり、重要な交通路であった。古口は最上川の西端にあたり、ここに舟番所を置き川を通る船を改めた。夜には対岸まで大綱を張り、川の通行を止めていたという。

元禄2年(1689)6月(陽7月)、新庄の本合海より乗船した松尾芭蕉と曾良は、ここ古口の舟番所で舟を乗り継ぎ更に清川まで下り、そこで舟を降り、羽黒山に向かった。

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