山形県舟形町舟形

震災前取材

 

奥羽越列藩同盟を脱 盟した新庄藩と長州藩兵は、船形口の山ノ神山頂とその麓付近に布陣した。庄内勢の一隊はこれを背後から急襲し、新政府軍が混乱に陥ったところを庄内勢は総攻撃をかけた。

山ノ神山麓で激しい銃撃戦となり、長州藩士の大野坂次郎らが討ち死にした。

明治8年(1875)、恐らくは新政府の意向により墓碑が建立され供養されたものと思われる。戦前までは、この地での墓の手入れに対して、墓守手当てが出ていたと云う。

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