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宮城県大崎市岩出山池月字上宮宮下

 

延喜式神名帳に載っている玉造三座の一つで、鬼首の荒雄岳上の宮を奥宮とする里宮である。

後三年の役の折、応徳3年(1086)頃に、源義家が戦勝を祈って、黄金の太刀を奉納したと伝えられ、また、嘉応2年(1170)、藤原秀衡が鎮守府将軍になったとき、奥州一ノ宮とした。

また、室町時代には、奥州探題の大崎義隆が、大崎五郡の一ノ宮として崇敬し、江戸時代には岩出山伊達家の氏神となった。

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