宮城県栗原市瀬峰

震災前取材

 

康平5年(1063)、前九年の役の際に、鎮守府将軍源頼義と義家父子が戦勝を祈願し、京都の石清水八幡宮から分霊し創建したのが始まりと伝えられる。

前九年の役では、当初、朝廷軍は鬼切部の戦いに敗れるなど苦戦を強いられ、出羽の清原氏の援軍を受けた。この時、出羽の援軍を遠望した事から「勢見峰」の地名が起こり、後に瀬峰となったと云う。源頼義・義家父子は安倍一族を討ち勝利し、治暦4年(1068)、礼願として社殿を造営した。

その後も、この地を治めた領主からの庇護を受け、仁安3年(1168)には藤原秀衡が、永徳3年(1383)には大崎隆兼が社殿の改築を行った。現在の社殿は、慶長16年(1611)に伊達政宗により改築されたものである。

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