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宮城県大崎市古川中島町

 

祇園八坂神社は、延暦23年(804)、坂上田村麻呂が戦勝祈願として勧請したのが始まりとされる。その後、天慶3年(940)、百足退治の俵藤太として名高い藤原秀郷が、平将門の乱を鎮圧したのち奥州鎮撫のためこの地に至り、将兵の武運長久を祈願し、京都の祗園社の分霊を勧請したと云う。

その後、天文5年(1536)、大崎氏の内紛で、古川城を中心とした戦乱があった際にその兵火に罹り、社殿汁物悉く焼失し荒廃した。

慶長5年(1600)、伊達政宗により社殿堂宇が再建され、祭典時には仙台藩が警護するなど歴代の藩主の崇敬を受け、特に伊達斉宗の時には、朱印状と家紋が与えられた。その後社殿は幾度か改修され、明治3年(1870)には郷社に列せられ、現在も志田郡の総鎮守として崇敬されている。

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