宮城県七ヶ宿町滑津

 

七ヶ宿は、江戸時代、羽州街道と奥州街道を繋ぐ道に、上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原の七つの宿場があった。この事から、この街道は「七ヶ宿街道」と称され、現在の国道113号線がそれにあたる。

戦国時代末期には、七ヶ宿は軍事的要所として捉えられていたが、江戸時代に入り寛永12年(1635)に参勤交代制度が確立すると、七ヶ宿街道は、出羽の大名13家が参勤交代に使い、また城米輸送や出羽三山詣での庶民の往来でも賑わった。それに従い、金山峠を開き、本陣を関宿に設置し、藩境に隣接していた上戸沢と湯原に御番所が置き足軽を配置するなどの整備が行われた。

滑津宿の安藤家は、七ヶ宿の中で、260年の年月を経て残る唯一の建造物で、天保期(1829~48)以後に、本陣をつとめ、諸大名、幕府及び藩役人が宿泊休息し、また、当時の肝入検断、問屋も兼ねた家柄である。原型造作は以前の姿のままであり、街道に面して平入り、寄棟、茅葺の宿泊専用の1棟があり、この奥にこれと直角に萱葺の住居棟が接続している。平入りの部分の正面は千鳥破風式の棟飾りをもった玄関が設けられ、内部は田の字型4間取りの座敷などが残されている。

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