宮城県白石市不澄ヶ池…延命寺境内

 

源義経が奥州平泉に下向のとき、この地で一休みをした。そのとき、武蔵坊弁慶がこの池の水で薙刀を研ぎ、そのさび水が池に流れ込み、それ以来濁ったままになった。

村人はこれ以降、この池を「不澄ヶ池」と呼ぶようになり、この地の地名の由来にもなっている。

 

・おぶさってえ

この不澄ヶ池には、白石名物の白石温麺にも関わる、次のような伝説も伝えられている。

昔、この不澄ヶ池のそばのケヤキの大木に妙な噂があった。 夜、この池のそばを通ると、この大木の上から、子供の声らしい音が聞こえるという。このため村人達は気味悪がり、夜にここを通るものはいなくなった。

この近くに住んでいた鈴木味右衛門は、それでは俺が確かめようと、ある夜、わざわざ夜が更けるのを待ってこの木の下を通った。すると、噂通り木の上から子供の声が聞こえる。それは子供の泣き叫ぶ声で、その泣き声に混じって「おぶさってえ」という声もする。
肝っ玉のすわった味右衛門だったが、さすがにどきりとし、それでも「そんなにおぶさりてえのなら、この俺におぶさってみろ」と大声で叫び背中を差し出すと、なにやら 得体の知れない皮袋のような重いものがドスンと肩に落ちてきた。味右衛門は一瞬肝を冷やしたが、それでもためらわずに両手を後ろに回し、それをしっかりつかんで、一目散に家に向かって走り帰った。

家に着いた味右衛門は、夜が明けるのを待ちその袋を開けてみたら、なんと大判、小判がぎっしり入っていた。それからというもの味右衛門は運が開け始め、温麺の製造を始め、また酒の醸造も始め、商売は繁盛し、白石有数の金持ちになったという。

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