宮城県岩沼市下野郷字舘外

 

天正年間(1580頃)、伊達政宗の家臣の奥山與市左衛門が矢野目の地に要害を構え居し、寛永年間(1635頃)奥山氏の氏神として鹿島大明神をこの地に勧請した。

しかし、この地は低湿地で、7年間にわたり水害に悩まされ、奥山氏は元禄13年(1700)、栗原郡藤沢へ移った。この地に残った鹿島明神の別当の玉山氏は、元禄16年(1703)に、奥山氏の住居跡に伊達家直参足軽村を設立し、鹿島明神を鎮守の神とした。

明治5年(1872)に矢野目村村社となり、今もこの地の人々の尊崇を集めている。

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