宮城県仙台市太白区袋原六丁目

 

この地の大日如来堂の脇に、首のない一体の地蔵が祀られている。この地蔵には、次のような話が伝えられている。

昔、この大日如来堂の近くに夜な夜な妖怪が出て人々を悩ませていた。この辺りは、当時は杉の大木がうっそうと茂る、昼でもうす暗い所で、夜になるとその妖怪は唸り声を上げ、道行く人の前に現れ立ちふさがり、このため里人たちは恐れ、この地を通るものも少なくなった。

当時、仙台藩に左五平という居合い抜きの達人がおり、里人たちはこの左五平に妖怪退治を頼んだ。左五平は仙台藩の足軽で、身長が三尺ほどしかなかったが、六尺の太刀を腰にしていた。このため太刀が地面につくので、鞘尻には小車をつけて道を歩いていたと云う。

左五平は夜更けを待ち、妖怪が出て来るのを待っていたが、案の定妖怪が現れ、左五平は得意の居合い抜きで一気に切りつけた。翌朝その場所に行ってみると妖怪の死骸はなく、石地蔵の首がゴロリと落ちていた。それ以来この地に妖怪は出なくなり、平和な里になったと云う。

この左五平は梁川庄八であるともされ、寛文事件までの流れの中で、仙台藩を出奔した仙台藩士がモデルになっているとも考えられる。講談で盛んに取り上げられ、梁川庄八の「化け地蔵退治」は人気演目の内の一つだった。そのためか、同様の伝説を伝える石地蔵が県内に3ヶ所あるという。

講談によれば、狐狸妖怪を退治した庄八は帰参がかなうかに思えたが、茂庭周防の讒言によってかなわず、庄八は周防を斬り獄へつながれた。しかし老僕徳兵衛の手引きで脱獄に成功し、その後は奥州を離れ諸国遍歴の旅に出た。

上総東金では危機に瀕した祭礼の素人相撲に介入、さらに安房館山ではさびれた旅籠を立て直す手伝いなど、至る所で善行を重ね、正義の味方の素浪人であったと伝えられる。エノケンが映画で「三尺左五平」を演じ、一躍有名になった。

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