宮城県栗原市金成普賢堂字普賢前

 

最初はこの地に坂上田村麻呂が勝宮寺を創建し、寛治2年(1092)、藤原清衡が山麓に四ヶ寺を建て、さらに藤原基衡が康治元年(1142)に里宮2ヶ寺を建立した。しかし、南北朝期時代の応安年間(1370頃)に一山ことごとく炎上した。

その後、天正6年(1578)普賢堂が葛西氏によって建立されたが、葛西氏が没落するとこの地も荒廃した。

寛永8年(1641)にはこの地は僅か14戸の山村となっていたが、藩政期に開拓が進められ、安永6年(1777)には31戸になったと云う。

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