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宮城県仙台市青葉区小田原周辺

  その地は特定の地を指すのではなく、広い範囲を指しているものと考えられ、その伝承は、現在の仙台市の福沢、枡江、原町に広がり、この地を流れる七北田川の支流の梅田川沿いの、この地の丘陵地で通称小田原山の麓に広がる広大な原野を指したものと考えられる。

とりつなげ 玉田横野の はなれ駒 つつじが岡に あせみ咲くなり   (源俊成)

松尾芭蕉は元禄2年(1689)、奥の細道の旅の途中仙台を訪れ、地元の画工加右衛門の案内で、東照宮から玉田横野、榴ヶ岡と歩いている。このことから、玉田横野は、東照宮と榴ヶ岡の間になり、福沢、小田原はその近道上にある。 加右衛門が地元の画工であることを考えれば、芭蕉一行のルートは、東照宮→福沢→小田原→清水沼→榴ヶ岡と、玉田横野を通る近道を進んだと思われる。