宮城県南三陸町志津川字田尻畑

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大雄寺は平泉藤原秀衡の四男、本吉四郎冠者高衡によって開基されたと伝える。平泉が滅亡後は、葛西5世清信の四男本吉四郎がこの地を領したと思われ、大雄寺は、その本吉氏の菩提寺として再興されたと伝えられている。

鐘楼を含む山門は、宝暦元年(1751)に、入谷の山内甚之丞によって寄進されたもので、町内に現存する建物としてはもっとも古いもののひとつ。大雄寺には他にも、地獄絵や間引き絵馬、キリシタン禁制の制札など、藩政時代の貴重な資料が数多く残されている。

また、境内内には、朝日館の最後の館主の、本吉大膳太夫重義の墓と思われる碑がある。

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