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宮城県仙台市泉区判在家

震災前取材

 

 

源頼朝が平泉征討の折に、七ツ森で巻き狩りをおこなった。そのとき、白い大鹿が現れ、畠山重忠と和田義盛がこの地の川辺まで追いかけて川向から矢を射った。矢は命中したが、近づきこれを見ると、大鹿ではなく、根元の白い大石だった。

頼朝は、見事な大石よと腰をかけて、巻き狩りの論功を行い、この村を根白石村と呼ばせた。これを見た村人たちは、この地を判在家と呼んだという。

その後、たびたびの大洪水でこの大石が流されてしまった。村人たちはこれを惜しんで1728年、大石の跡に石神を祀って後世に伝えたという。

またこれとは別に、宮城県白石市には、その根がこの根白石まで続いていると伝えられる神石があるが、恐らくは、地名の関連からの伝説と考えられる。

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