宮城県利府町神谷沢字館の内

 

伊達政宗の家臣に平田五郎政隆というものがいた。この平田政高がある時宮城郡神谷沢を通った。このとき狐が群れているのを見つけた。五郎はこれを面白半分におどかしたら、狐達はあわてて逃げ去った。狐達が逃げ去った後に、きれいな光る玉が落ちていたのを政高は拾い家に持ち帰った。

その夜政高のもとを若い女がたずね来て、さめざめと泣く。聞けばこの女は昼に追い払った狐で、あの光る玉を落としてしまい、あの玉は狐にとって大変大事なもので、それを落としたことで仲間の狐達に仲間はずれにされているという。狐は、玉を返してくれるように涙を流して頼み、そのお礼に政高を力持ちにすると言う。政高は気の毒になりその玉を狐に返した。

翌朝、政高は狐の言ったことが本当かどうか、神谷沢にある大きな石碑に両手をかけて持ち上げてみた。するとなんと藁束のように軽く、やすやすと頭の上まで持ち上げることができた。

平田五郎政高は、この神力もあって度々の合戦に抜群の功をあげ、勇名天下に轟かせたという。

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